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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3173号 判決

主文

一  被告らは、別紙物件目録(七)記載の建物部分を切断して撤去せよ。

二  被告らは、原告に対し、連帯して三〇万円及びこれに対する平成四年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求

一  被告らは、別紙物件目録(七)記載の建物部分を切断して撤去せよ。

二  被告らは、原告に対し、連帯して三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

【事案の要約】

本件は、原告所有地の南側に隣接して存在する被告ら所有地に、被告らが建ぺい率・容積率及び高度制限に大幅に違反して建物を新築したことから、主として日照被害を理由として、人格権又は日照権に基づいて被告らの右新築建物の侵害部分の切断・撤去及び慰謝料として三〇〇万円の支払を求めた事件である。

被告らは、主として、違反の程度、原告の日照被害の程度を争い、原告の受忍限度内であると主張している。

【基本的な事実関係】

本件の基本的な事実関係は、次のとおりである。

一1  別紙物件目録(三)記載の建物(以下「原告建物」という。)並びに同目録(一)(二)記載の土地(以下「原告土地」という。)は、原告の所有である。すなわち、原告父義貴は、原告土地を昭和一四年に買い求め、昭和五二年三月五日、同地上に原告建物を建築したが、昭和五三年一月二八日、死亡したので、原告がこれらの不動産を相続した。以来、原告は、家族とともに原告建物に居住し、今日に至つている。

2  別紙物件目録(四)記載の土地(以下「被告土地」という。)並びに同目録(五)記載の建物(以下「被告旧建物」という。)は、昭和五一年六月一九日(登記の経由は同年八月六日)、被告らが東京地所株式会社から買い受けたものである。《当事者間に争いがない》

二  原告土地は被告土地のほぼ真北に位置しているが、これらの土地の所在する地域は、第一種住居専用地域(容積率一〇〇パーセント、建ぺい率五〇パーセント)・第一種高度地区であり、かつ、原告建物は、被告土地と原告土地との境界線から約五・二メートル離れて建築されている。《当事者間に争いがない》

三1  被告らは、被告旧建物を取り壊し、その跡地に高さ・面積などにおいて被告旧建物を上回る建物を建築することを計画し、平成三年九月ころ被告旧建物を取り壊して被告土地上に別紙物件目録(六)記壮の建物(以下「被告新建物」という。)を建築し始め、平成四年一月一〇日ころこれを完成させ、そのころこれに入居した。《当事者間に争いがない》

被告らは、右建築にあたつて、建築確認申請をしたが、その建物は、二階建てになつていて、実際に建築された三階建ての被告新建物とは異なつていた。

2  原告は、被告新建物が棟上げされたころから、同建物が違法建築ではないかとの疑問を抱き、右同年一〇月七日以来目黒区建築課(以下「区」という。)に対し、再三にわたり調査と指導を要請していた。区は、原告の申出を受けて調査した後、被告新建物が建築確認と相違して建築基準法等に多くの点で違反する建築物であることを知り、被告ら及び施工業者に対し、是正指導を行い、同年一一月一九日に工事停止命令を発し、再三区への出頭を促して法規に従うよう要請したが、被告らは、これに従わず、その後も工事を続行し、前述のように完成させた。その後も、被告らは、区から建物改造の指導を受け、また同年一月一七日には建物の使用禁止命令を受けているが、これを無視して前述のようにこれに入居して、今日に至つている。

3  また、原告も、同年一月一三日付け(同月一七日送達)の内容証明郵便並びに同年二月一八日直接手渡(同月八日付け)の内容証明郵便などで、再三、被告らに対し、被告新建物を適法な建物に改造することなどを求めた。

四  被告新建物の屋根の北側は、傾斜が通常の屋根より急な構造になつている。東京に大雪があつた平成四年二月一日、原告土地に雪が落下して(右雪が被告新建物の屋根から落下した雪か否かは後に認定する。)、原告の庭木が折れる被害が生じた。原告は、右当日、被告ら方を訪れ、被告ら対し、被告新建物の屋根から雪が落ちて庭木が折れたので、それによる損害を賠償するよう要請した。被告らは、右の出来事から約二週間経過した同月一八日、植木屋と共に原告方を訪れ、現場を見せてくれるよう求めたが、原告は、折れた庭木を既に整理した後であつたため、右の求めを拒んだ。《以上の事実はほぼ当事者間に争いがなく、若干の争いのある部分は弁論の全趣旨によつて認定》

【原告の主張】

一1  被告新建物は、原告建物との関係では、原告の日照などに著しい被害を与えるもので、原告は、最も日照を必要とする冬の時期に、これまで原告建物で享受していた昼間の日照をほぼ奪われてしまつた。

2  被告新建物は、屋根の傾斜が急であり、積雪はまともに原告土地に落下する構造になつており、平成四年二月一日の大雪のときに、原告土地の庭木が落下した雪のために折れた事故は、被告新建物の屋根の積雪が大量に原告土地に落下して生じたものである。

3  これらの被害は、主として、被告新建物が建築基準法五二条・五三条所定の容積率・建ぺい率の制限に著しく違反し、かつ、同法五九条・都市計画法九条一〇項・昭和四八年四月一九日付けの東京都の高度地区指定による建物の高さの制限に著しく違反したことにより生じたものである。

二1  原告は、人として、太陽の幅射熱、可視光線、熱線、紫外線による自然の恩恵を受けて健康で快適な市民生活を享受する利益を有し、これを相隣関係において日照権ないし人格権として主張する権利を有している。

2  原告が被告新建物によつて被つている日照などの被害は、加害の計画性と被害の程度、公法規制違反の経過、原告建物の配置、地域性などから見て明らかに原告の受忍限度を超えるもので、原告の日照権・人格権を侵害するものである。

3  右侵害の範囲には、被告新建物の真北方向における第一種高度地区の高さ制限に違反する別紙物件目録(七)〈1〉の建物部分、並びに被告新建物の東西方向の屋根勾配を南北方向と同様の傾斜でつけた場合に傾斜からはみ出る部分となる同目録(七)〈2〉の建物部分が含まれる。この東西の屋根に勾配をつけることは、被告らが区から受けている改造の指導の考えでもある。

三  よつて、原告は、被告らに対し、日照権又は人格権にもとづき、被告新建物のうち、別紙物件目録記載(七)記載の建物部分の切断・撤去、並びに被告らの被告新建物の建築によつてこれまで原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成四年三月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

【被告らの主張】

一  被告らは、被告新建物を建築するにあたつては、次のとおり原告に対し必要な説明をして、原告の了解を得ていた。

1 被告らは、平成三年八月中旬ころを第一回として、その後被告新建物の完成に至るまで四回にわたり、原告方を訪れて、建物建築についての説明と理解を求めた。

2 被告らは、原告から、被告新建物の建築中には建物の高度、北側傾斜などについての設計変更を要求されたことはなかつた。原告は、被告らに対し、屋根の雪止めの設置や窓の目隠しなど要求したにとどまり、被告らはこれらの要求には応えている。

3 被告らは、平成三年一〇月ころ区から呼出があり、同年一一月初めころには被告甲野花子と施工業者が被告新建物の建築について指導を受けた。区の担当者は、被告らに対し、被告新建物の設計図面では当初予定されていた三階両脇の窓、一階六畳間に付属する台所の設置をしないこと、西側一階部分を九〇センチメートルほどカットすることなどについて指導し、被告らはこれに従つた。原告との間で問題になつている屋根については、隣家の人と話し合つて了承してもらうようにとの指導であつた。

4 被告らは、同年一一月中旬頃、原告方を訪れ、この時初めて原告と会つた。原告は、大工が工具を原告方の庭に落としたことを告げたが、被告新建物の建築に関しては、「迷惑していないからやつてくれ」ということであつた。

二  被告新建物による原告の日照被害は、次のとおり社会通念上受忍限度内であり、少なくとも建物の一部切断を肯認するような違法性はない。

1 原告方の日照被害は、被告新建物の建築の前に既に生じていたものであり、被告旧建物及びその両隣の建売住宅によつて、原告建物の南側部分に日照被害が起きていた。

2 被告らが仮に被告新建物を法規どおりに建築させていたとしても、原告建物の南側に相当程度の日影が生ずることは避けられず、被告らの法規違反による日照被害の程度はごくわずかである。

3 原告は、原告建物の居間に居住しているわけではなく、原告の妻も常時居間にいるわけではない。

4 被告土地の存在する地域は、近くには、山手通りが走り、既に三階建ての建物もあるほか、高層ビルも建築されようとしている都心部に位置し、ある程度住宅の高層化の進みつつある地域である。

5 原告らは、建物の切断・撤去の工事の見積額が三〇〇万円ないし四〇〇万円であると主張するが、その算定根拠が不明確であるのみならず、その金額で可能であるとしても、切断・撤去の工事によつて被告新建物の柱その他の構造物に影響を与える虞れもあり、その修復も考えると、被告らにとつて多大な出捐となる。被告新建物の一部切断によつて原告の日照被害が回復される効果は少なく、他方、建物の一部切断によつて受ける被告らの不利益ははるかに大きく、権衡を失する。

三  被告新建物には、雪が落下した時には既に東京都内で普通に設置されているような雪留めは設置されていたのであるから、原告方の庭に落下した雪が被告新建物の屋根から落下したものとは考えにくい。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によれば、被告らが原告(原告の妻を含む。)と被告新建物の建築について接触したのは、〈1〉平成三年八月ころ(被告旧建物の取壊し前)、〈2〉同年一〇月一七日ころ、〈3〉同年一一月五日、〈4〉平成四年二月一日、〈5〉同月一九日ころの五回であること、そのいずれの接触においても、被告らは、原告に挨拶程度の申入れをしたことはあつても、新建築物の規模・高さについては説明をしたことはなく、原告は、被告らの建築する建物について直接の利害関係を有する者として重大な関心をもつて観察していたのであつて、明示的な承諾のみならず、黙示的な承諾等を与えるような状況ではなかつたこと、むしろ、原告は、被告らの建物建築について終始疑問を抱き、一貫して高度制限違反を中心とする違法建築を制止し、自己の日照を確保したいと種々の努力をしていたこと(被告甲野花子も、本人尋問において、棟上げの後原告の妻から屋根が高いと言われたこと、屋根ができあがつた後原告に対し「削ることもできないのでなんとかお願いしたい」と申し入れたところ、「屋根が高いのは違反だ」と言われたことは認めている。)、もつとも、被告らは屋根の雪止めの設置や窓の目隠しなどの原告の要求には応えていることが認められる。

被告らは、この点について、被告らが平成三年八月中旬ころから被告新建物の完成に至るまで四回にわたり建物建築についての説明と理解を求めたと主張し、被右甲野花子は本人尋問において右主張に一部そうかのような供述をするが、前段認定の事実に照らし、信用することができない。

したがつて、被告新建物は原告の了解を得た建物であるとの被告らの主張は採用することができない。

二  《証拠略》によれば、被告新建物の建築基準法等に違反する具体的な点は次のとおりであることが認められる。

1  被告土地は、面積六〇・〇七平方メートルで、かつ、建ぺい率は五〇パーセントであるから、建築面積の限度は三〇・〇四平方メートルであり、現に、建築確認申請では二九・九七平方メートルとなつている。しかるに、被告新建物の実際の建築面積は、およそ四五平方メートル強である。

2  被告土地は、右のとおり面積六〇・〇七平方メートルで、かつ、容積率は一〇〇パーセントであるから、延床面積の限度は六〇・〇七平方メートルである。しかるに、被告新建物は、一階が二一・〇六平方メートル(車庫部分を除いて算出)、二階が四一・八五平方メートル(バルコニーを除いて算出)で、合計六二・九一平方メートルであり、一、二階で既に延床面積の限度を超過しているところ、被告らは、三階部分として二七・三平方メートル(吹き抜け部分を除いて算出)を建築している。

3  被告土地は、第一種高度地区であり、境界線で五メートルの高さの位置で、真南方向に一対〇・六の勾配の斜線の高度制限がある。しかるに、被告新建物は、原告土地との敷地境界から九五センチメートル離れた地点から、建物上部が右の第一種高度斜線をオーバーしており、屋根の高さでは七・四三メートルまでの高さでなければならないのに、実際には八・四メートルの高さがある。

三1  さらに、《証拠略》によれば、原告が被告新建物によつて受ける日影は次のとおりであることが認められる。

被告新建物は、第一種住居専用地域で、三階建ての建物であるので、日影規制が適用され、冬至日において(以下いずれも冬至日が基準)、平均地盤面から一・五メートルの高さ及び午前八時から午後四時までの間において、敷地の境界から五メートルを超える範囲では四時間以上、一〇メートルを超える範囲では二時間三〇分以上の日影が規制される。しかるに、被告新建物によつて、平均地盤から一・五メートルの高さで原告建物が受ける日影は、午前八時から午後四時まで一日中である。この日影は、主として、敷地境界線から五メートルを超える範囲で四時間以上の日影となつている。原告方の一階居間では、午前九時の時点で少し日影がかかつており、その後午後一時ころには居間の窓全体が日影となり、午後二時から少しずつ日影の影響を受けない部分が出始めて午後三時以降なくなつて行く。

2  被告らは、原告方の日照被害は、被告新建物の建築の前にも被告旧建物及びその両隣の建売住宅によつて原告建物の南側部分に日照被害が起きていて、仮に被告新建物が法規どおりに建築されていたとしても、原告建物の南側に相当程度の日影が生ずることは避けられず、被告らの法規違反による日照障害の増大の程度はごくわずかであると主張し、右主張について、《証拠略》を援用する。日影図は、その作成の仕方によつて、ある程度の誤差が生ずることは避け難いところであるが、右1に採用した証拠と比較対照すると、被告新建物の高度違反部分によつて、原告建物の日影が増大していることは明らかであつて、決して無視し得るような程度であるということはできない。

3  なお、被告らは、以上のほか、原告が原告建物の居間に居住しているわけではなく原告の妻も常時居間にいるわけではないと主張するが、《証拠略》によれば、原告建物の居間が居間として利用されていることが明らかである以上、主張自体失当であり、また、被告らは、被告土地の存在する地域が都心部に位置し住宅の高層化の進みつつある地域であると主張するが、《証拠略》によれば、被告土地及び原告土地は、ある程度閑静な住宅環境にあることが認められ、被告新建物のような違法建築を是認するような周囲の状況にはないから、被告らの右主張は採用することができない。

さらに、被告らは、建物の切断・撤去の工事に多額の出捐を要し、その工事によつて建物の柱その他の構造物に影響を与える虞れもあるなどと主張するが、被告らの被告新建物の建築工事の経緯からすれば、被告らの右主張のような事情は自ら招いたものというべく、採用することはできない。

四  《証拠略》によれば、通常の屋根は一対〇・六の勾配であるのに、被告新建物の屋根の北側は、勾配が一対〇・九であり、傾斜が通常の屋根より急な構造になつていること、平成四年二月一日、大雪が降り、被告新建物の屋根から雪が落下して、原告の庭木のツツジが二本ほど半分ぐらい消失し、椎の木の直系六センチメートルほどの枝が折れる被害が生じたことが認められる。

五  以上の事実によつて、考えると、被告新建物が建築基準法等の法規に著しく違反し、しかも、被告らは、原告の要請のみならず、区からの強力な行政指導及び行政処分にも従わず、工事を続行させて、完成したものであつて、その違法性は極めて高い。そして、原告の受けた日影被害も決して受忍限度内のものでないことは前記被害の程度からして明らかである。そして、《証拠略》によれば、原告の右日照被害を回復するには、被告新建物のうち原告の別紙物件目録(七)記載の建物部分の切断・撤去をするほかないと認められる。

そうすると、被告新建物の右建物部分の切断・撤去を求める原告の請求は理由がある。

次に、原告の受けた精神的損害については、被告新建物の屋根からの雪の落下による庭木の損害については、本来物的な損害として主張立証して請求すべき筋合いであることや、右建物部分の切断・撤去の請求が認容されることによつて、原告の受けた損害がかなりの部分癒されることなどに鑑みると、原告の過去の精神的な損害については、これを三〇万円と見積もるのが相当である。

したがつて、原告の請求は、被告らに対し、人格権に基づいて建物部分の切断・撤去、並びに被告らの違法建築によつてこれまで原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年三月一二日から支払済みまで遅延損害金の支払を求める部分について、理由がある。

(裁判官 塚原朋一)

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